偉大なる無駄
2007年04月25日 (水)
我が大学の特色の一つとして、
飛び級制度なるものがある。
大学3回生の夏に大学院の入試(院試)を受験でき、
合格すれば4回生をパスして、次の春から大学院生になれるという制度。
つまり普通に大学院まで行けば社会に出るまでに6年(学部4年、院2年)の歳月を要するが、飛び級という裏技を使えば5年(学部3年、院2年)で済むことになる。
とりわけ、オレの所属する学部はこの飛び級制度を利用する学生が多いらしい。
こんなのに通るようなヤツはほんのごく一握りの成績優秀者たちだ。
・・・というワケではないようだ。
例年、うちの学科で15人から30人の学生がチャレンジしてその半分が合格しているという事実。
ある授業で教官が「今年飛び級しようとしてるヤツいるか?」と質問したことがあったが、約10人以上の学生が手を挙げていた。
こっそり受けるヤツも絶対いるだろうから、
どうやらウチの学科からは今年も例年どおりの人数が
この4回生をスキップするための試験を受けるようだ。
なぜ飛び級をしたがるのか?
オレにはなかなか理解しがたいところがある。
(まぁ、そもそも75人いる学科の中で20人弱しか受けないし、しかも受かるのはその半分だから成績が下っ端のオレには学力的にみても関係のない話だが 笑)
大学受験で浪人しちゃって一年取り戻したい、とか
院まで行きたいんだけど家が貧しくて一年でも早く卒業したい
というならまぁ、理解できなくはない。
なぜ大学生でいられる一年間を犠牲にしてまで次のステージに行きたがる。
たった一年早く大学院に行くことで何が変わる。
しかも飛び級した場合は学部中退になるし、(つまり大学中退扱い)
本気で勉強したいと思って院に行くような連中が、卒論を書かずに院に行くのは本人のためにも決してプラスになるとは思えない。
飛び級をしたいという学生の考え以上に飛び級制度を勧める大学側の意図を理解しかねる。
大学生はこの世で最も堂々と無駄ができる人種であろう。
やれ旅行だ、やれサークルだと能動的に動き回っている大学生はもう毎日が無駄だらけだし、
オレのように毎日たらたら生活しているダメ大学生の日常の中にも無駄がいっぱいだ。
その無駄から何を学び何を得るか。
こんなことができるのは学生の間だけだぞ。
こんな偉大なる無駄の時間が膨大に確保できるのは。
オレは高校時代にテニスという無駄に出会い、三年間無駄な毎日を送った。
結果、成績はだだ下がり大学入試は失敗し浪人するハメになった。
三年間を勉強に費やした弟と比較すると天と地ほどの差がある高校生活である。
けれどもオレはそれを一度も後悔することはないし、
再び高校時代に戻れても無駄な三年間を送るだろう。
無駄な浪人生活も貴重な無駄だったと思う。(浪人時代を無駄というのはやや抵抗があるが・・・無駄だなアレは 笑)
そんな21年間に経験した一つ一つの無駄の積み重ねがオレをオレたらしめているのだ。
いざ社会に出てしまえば、企業という秩序の下で何かにつけて効率化、合理化を強いられる毎日を送ることであろう。
それを考えれば学生時代の「偉大なる無駄」な時間、一年一年がいかに貴重か、推し量るべくもない。
最近チャリを買ったことは先日このブログでも書いたが、
チャリというのはなかなかいい乗り物だと改めて思った。
もちろんバイクは好きだ。
早く目的地には到着するし、見知らぬ土地までオレを連れて行ってくれる。なによりカッコいいし。
けれども、如何せん運転に集中せねばならぬ。周囲の景色に目を向けることはなかなかできない。
その点チャリは、行き交う通行人の表情や以前から気になっていたイタメシ屋の雰囲気、歩道の桜並木から舞う花びらの一つ一つさえも見て、そして感じることができる。
あのとき挙手した彼らを飛び級に駆り立てるのは、純粋なる知的欲求かはたまた成功者への賛美か。
挙げた手の数だけ想いはあるだろう。
諸君は皆きっとオレより賢いだろうが、
今宵だけは雨雲の向こうの月に免じて、このバカの言うことに耳を貸したまえ。
ゆっくりでないと見えないものもあると思うぞ。
無駄は人間を豊かにしてくれると信じて疑わないよ、オレは。
飛び級制度なるものがある。
大学3回生の夏に大学院の入試(院試)を受験でき、
合格すれば4回生をパスして、次の春から大学院生になれるという制度。
つまり普通に大学院まで行けば社会に出るまでに6年(学部4年、院2年)の歳月を要するが、飛び級という裏技を使えば5年(学部3年、院2年)で済むことになる。
とりわけ、オレの所属する学部はこの飛び級制度を利用する学生が多いらしい。
こんなのに通るようなヤツはほんのごく一握りの成績優秀者たちだ。
・・・というワケではないようだ。
例年、うちの学科で15人から30人の学生がチャレンジしてその半分が合格しているという事実。
ある授業で教官が「今年飛び級しようとしてるヤツいるか?」と質問したことがあったが、約10人以上の学生が手を挙げていた。
こっそり受けるヤツも絶対いるだろうから、
どうやらウチの学科からは今年も例年どおりの人数が
この4回生をスキップするための試験を受けるようだ。
なぜ飛び級をしたがるのか?
オレにはなかなか理解しがたいところがある。
(まぁ、そもそも75人いる学科の中で20人弱しか受けないし、しかも受かるのはその半分だから成績が下っ端のオレには学力的にみても関係のない話だが 笑)
大学受験で浪人しちゃって一年取り戻したい、とか
院まで行きたいんだけど家が貧しくて一年でも早く卒業したい
というならまぁ、理解できなくはない。
なぜ大学生でいられる一年間を犠牲にしてまで次のステージに行きたがる。
たった一年早く大学院に行くことで何が変わる。
しかも飛び級した場合は学部中退になるし、(つまり大学中退扱い)
本気で勉強したいと思って院に行くような連中が、卒論を書かずに院に行くのは本人のためにも決してプラスになるとは思えない。
飛び級をしたいという学生の考え以上に飛び級制度を勧める大学側の意図を理解しかねる。
大学生はこの世で最も堂々と無駄ができる人種であろう。
やれ旅行だ、やれサークルだと能動的に動き回っている大学生はもう毎日が無駄だらけだし、
オレのように毎日たらたら生活しているダメ大学生の日常の中にも無駄がいっぱいだ。
その無駄から何を学び何を得るか。
こんなことができるのは学生の間だけだぞ。
こんな偉大なる無駄の時間が膨大に確保できるのは。
オレは高校時代にテニスという無駄に出会い、三年間無駄な毎日を送った。
結果、成績はだだ下がり大学入試は失敗し浪人するハメになった。
三年間を勉強に費やした弟と比較すると天と地ほどの差がある高校生活である。
けれどもオレはそれを一度も後悔することはないし、
再び高校時代に戻れても無駄な三年間を送るだろう。
無駄な浪人生活も貴重な無駄だったと思う。(浪人時代を無駄というのはやや抵抗があるが・・・無駄だなアレは 笑)
そんな21年間に経験した一つ一つの無駄の積み重ねがオレをオレたらしめているのだ。
いざ社会に出てしまえば、企業という秩序の下で何かにつけて効率化、合理化を強いられる毎日を送ることであろう。
それを考えれば学生時代の「偉大なる無駄」な時間、一年一年がいかに貴重か、推し量るべくもない。
最近チャリを買ったことは先日このブログでも書いたが、
チャリというのはなかなかいい乗り物だと改めて思った。
もちろんバイクは好きだ。
早く目的地には到着するし、見知らぬ土地までオレを連れて行ってくれる。なによりカッコいいし。
けれども、如何せん運転に集中せねばならぬ。周囲の景色に目を向けることはなかなかできない。
その点チャリは、行き交う通行人の表情や以前から気になっていたイタメシ屋の雰囲気、歩道の桜並木から舞う花びらの一つ一つさえも見て、そして感じることができる。
あのとき挙手した彼らを飛び級に駆り立てるのは、純粋なる知的欲求かはたまた成功者への賛美か。
挙げた手の数だけ想いはあるだろう。
諸君は皆きっとオレより賢いだろうが、
今宵だけは雨雲の向こうの月に免じて、このバカの言うことに耳を貸したまえ。
ゆっくりでないと見えないものもあると思うぞ。
無駄は人間を豊かにしてくれると信じて疑わないよ、オレは。
COMMENT
by はねひつじ
まっったく同感!
by がじろう
はたから見たら無駄に見えるであろう経験が、自分の人間性を豊かにしているという事実。
やはり無駄ではないね♪
すばらしい人生経験だ!(経験者談)
やはり無駄ではないね♪
すばらしい人生経験だ!(経験者談)
by 木塚
「姑息な無駄は無駄に終わるが、壮大な無駄は財産になる」
我が母校の校長がことあるごとに言ってたなぁ。
いい言葉だぁ。
我が母校の校長がことあるごとに言ってたなぁ。
いい言葉だぁ。
by マスー
まぁ俺の人生が無駄そのものですが…
by mokyuro
>はねひつじ
おそらくキミは分かると思っていたよ。
キミは能動的な人間だがね 笑
>がじさん
さすが、ムダにでかいバイクのオーナーさんだけありますな 笑
>りほタン
そんな校長のいる学校に行きたかったね。母校の校長はヅラだったからね。
>かをり
その感は否めない 笑
おそらくキミは分かると思っていたよ。
キミは能動的な人間だがね 笑
>がじさん
さすが、ムダにでかいバイクのオーナーさんだけありますな 笑
>りほタン
そんな校長のいる学校に行きたかったね。母校の校長はヅラだったからね。
>かをり
その感は否めない 笑
